トンズラ (その3)

 ユンボを操作し、汗と泥にまみれ、土中に水道管を埋める作業をしている青年と、中島敦がなか
なか結びつかなかった。

  私の沈黙が余りに永かったためか、弘くんが含羞とともに困惑の色を泛べた。

 「中島敦です」

  私は、あわてて取り繕った。

 「3では、と言うか、中島敦は、僕は一番『 名人伝 』が好きだね」

 「ええ、素晴らしい作品です」

  間髪を入れず答えた。

  面白いとか、好きだとか言わず、素晴らしい作品という表現は、彼がいかに中島敦に傾倒している
かを表わしていた。


  たまさかに 「3」 を読んでいるのではない。「1」、「2」を読んで 「3」 なのだ。

 あるいは、もう何度も読んでいるのかも知れない。


 『 名人伝 』は、中国の古い伝説を題材にした弓の名人の話だ。荒唐無稽な弓の名人のことが、格調
高い文章との微妙なバランスで成り立っている。単なる滑稽談にならずに、香り高い作品に仕上がって

いるのは中島敦ならではである。

「 書き方によっては、童話だからねえ」

「ええ、ええ。そうなんです。文体なんです」

 弘くんは,  本のページを開いた。たぶん、そのページに 『 名人伝』 があるのだろう。  

 弘くんには、そのことがよく解っているのだ。  
             
 私は、学生時分のころのことを思い出した。もう、四十年以上も昔のことだ。  

 私は囲碁部員だった。囲碁部は学生会館の二階にあり、二階には囲碁部と茶道部と、もう一つ、
            
文芸部があった。すべて和室で、それぞれの部屋は安っぽいベニヤで仕切られていて、しかも囲碁部

と文芸部は入口が同じだった。


 私は、授業がないときは (あるときも、なのだが) たいてい、部員と碁を打つか、誰もいないとき
は、棋譜を並べるかしていた。


 一週間に一二度、私がひとり棋譜を並べているのを見計らったように、隣の部屋から、同郷の吉田という先輩
が声を掛ける。

「よお、後輩。いま、暇なんだろう。こちらに来て、碁を教えてくれよ」

 
 平成二十九年八月十九日

 大隅のヒレ男より

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