馬券と税金

 馬券の正式名称は「勝馬投票券」というのだそうである。この名称を考え付いた人は、すでに鬼籍に入っている訳だが、余程皮肉屋で冗談好きの人だったことだろう。
 あの世で、時々、舌を出して笑っているのではないか。
 私のばあい、五回に四回、いや、十回に九回は、「勝馬投票券」ではなくて、「負馬投票券」である。
 ところで、その当たり馬券に課税するという「事件」があった。
 新聞でも何度か報道されているので、ご存知の方も多いと思うが、競馬フアンにとっては一大事件であった。
 ことの発端は、大阪に居住する男性が、平成十九年度から平成二十一年の三年間に、約三十億円の当たり馬券の払い出し を受けたことにある。
その購入費用は約二十八億円で、利益はおおよそ一億四千万円。
 それにしても、まあ、すごい人もいたものである。
 昔から、ギャンブルの必勝法は研究し尽くされているはずだが、実際に必勝法を発見し、利益を得たという人は聞いたことがない。
 この大天才は、五十代のはずだが、ぜひお友達になりたいものである。
 さて、この場合、課税される対象金額は当然一億四千万と、誰もが思うに違いない。
 しかし、大阪国税局の見解は違った。
 約三十億円の当たり馬券の購入費用というのは、当たり馬券の約一億円のみ。従って、課税対象金額は約二十九億円と仰る。
 例えて言うなら、朝の第一レースから、十一レースまで連続一万円賭けて、すべてはずれ。そこで、最後の十二レースに、財布 に残っている最後の一万円を賭けて、幸運なことに十二万円を当てたとする。やれやれ、今日はトントンか、と思い、帰り支度をしていると、背中をトントンと叩かれる。
 振り向くと、そこには怖い税務署の職員がいて、
 「あなたは、最後のレースでだいぶ儲けましたね。税金のほうもよろしくお願いしますよ」というようなものである。
 これではまるで、時代劇に出てくる悪代官そのものである。

 「お代官さま。それはあんまりというものです。最後のレースは、確かに万馬券を当てました。しかし、トータルすれば、ほんの少し、雀の涙ほどの利しか出ていないのです。それなのに、お代官さまに、袖の下まで出しますと、利どころか持ち 出しになってしまいます」
 「えーい。黙れ、黙れ。袖の下などと、人聞きの悪いことを云うでない。お前は、思わぬ幸運に預かり、あぶく銭を得たのだから、そのほんの一部を、世のため人のため、お上に差し出すというのは、国民の義務ではないか」
「義務と仰れても、場代もちゃんと、二割以上払っております。それに、家には可愛いカカアと、乳飲み子が腹を空かせて、私の帰りを待っているのです。近頃は、そのカカアの乳も萎みまして、その萎んだ乳首を咥えている娘も哀れでございます」
「お前のカカアの、貧乳のことなど、お上の知るところではない」
「そうは仰っても、お代官さま。最近、すっかり抱き心地が、いや、いや、乳の出具合がよろしくありませんの で。それで、この少しばかりの利の出たお金で、大隅産の蒲焼を二匹ばかり、買って帰りたいと思っているのです。
 大隅産の蒲焼ときたら、それはもう、天下一品でございます。あれを食すれば、カカアの乳も張りが出てきて、抱き心地も、いや、乳の出具合もよろしくなろうというものです。
 そのささやかな喜びも、お代官さまは、まかりならぬと仰るのですか」
「お前のように、毎日の糧を博打(ばくち)で得ようという了見だから、カカアも心労がたたって、オッパイも萎むのだ。いや、いや、これはお上にはかかわりないこと。
 お前はつべこべ云わず、大隅産の蒲焼を買う前に、お上に差し出すものを差し出せばそれでいいのだ。
 さもないと、遠島、島 送りだぞ」
「へ、へーっつ」

 さて、大阪の男性のこの一件、裁判所はどう判断したか。
 裁判所の判決は、当然のことながら、はずれ馬券も経費として認めるものだった。ただし、懲役二か月。執行猶予二年。これは無申告だった故。

 お上のお達しは次のようなものである。

 一時所得の例として。
 『競馬の馬券の払戻金、競輪の車券の払戻金等(営利を目的とする継続的行為から生じたものを除く)』
  これに、注として、次の二つを掲載している。
『(注)1 馬券を自動的に購入するソフトを使用して独自の条件設定と計算式に基づいてインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に個々の馬券に着目しない網羅的な購入をして当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の利益を恒常的に上げ、一連の馬券購入が一体の経済活動の実態を有することが客観的に明らかである場合の競馬の馬券の払戻金に係る所得は、営利を目的とする継続的行為から生じた所得として雑所得に該当する。
(注)2 上記(注)1以外の場合の競馬の馬券の払戻金に係る所得は、一時所得に該当することに留意する。

お上のお達しらしく、相変わらず長ったらしいだけで、よく分からぬ文章だが、要するに、事業規模以外の馬券の購入は、すべて一時所得ということである。当たり馬券の購入費用以外、経費としては認めないということだ。
 ちなみに、知り合いの税理士に訊いたところ、一時所得は、収入金額から経費と五十万円を控除し、その二分の一が課税対象となるそうである。
 例えば、百円の馬券で、五百万円当てたとすると・・・・
 五百万円から百円と五十万円を引いて、四百四十九万九千九百円。この二分の一、二百二十四万九千九百五十円が課税所得となるそうだ。

 私は気が小さいので、穴馬の馬券を買うときは、もし、これが一千 万にでも当たったらどうしようと心配で仕方がない。
 申告しなかったら、手が後ろに回るのだろうかという心配と、当たるかもしれないという期待で、胸がドキドキして、頭がクラクラする。

 「お代官さま、お助けを」
 と、言いたくなる。
                          大隅のヒレ男より  平成二十九年六月四日